日常の雑感

人生の途中経過を記録していきます

栄光の学生時代だったな

栄光の学生時代を思い出して、あの頃はよかったと思いを馳せる。それに比べて今の状況は…なんて。そうなるのは今が充実していないと考えているからに尽きるなあ。でも、ものは考えようなのかもしれない。今の状況での満たされている部分を取り出して、"ある意味"充実しているとしてしまえばいいんだ。全体としては充実していないかもしれないけど、ある部分では。そもそも全体が満たされることはあまりないのではなかろうか。

気まぐれエッセー

 読みかけの本、『心は孤独な狩人』のことはいつも頭の片隅にある。ベッドの横に置いてあるのを寝るまえに目にしている。二段組の400ページ近いこの本ももう半分くらいまで来た。このまま投げ出すことはないだろう。最近は読む機会がないだけで、読み切る気はある。

 時間があるときは、本を読まないで、音楽漬けになっている。マイルス・デイビスのライブ盤のいくつかをよく聴いている。60年代のものだ。よく思うのは、こういう昔の音楽は、片手間には聴けないパワーの強さがあることだ。BGMとして流しながらネット見たりしていると、後に具合が悪くなる。経験則では。ちゃんと他のことをしないで聴くとそんなことにはならないようだ。経験によると。パワーの強さの分だけマルチタスクを難しくしているのだろう。

最近の一日は、歯磨きをする時間に支配されている。

「もうこんな時間だ、歯磨きをしなくちゃ。」

朝と晩に訪れるこの時間で生活のリズムが作られている。お風呂の時間や、朝、支度を始める時間もしっかり決められているが、なぜだか歯磨きほどのインパクトはない。一日は歯磨きに始まって、歯磨きに終わる。夜、歯磨きをしてしまえば、その後は何かをすることができないことを意味し、寝るしかなくなる。

サブスクで音楽の新たな開拓

サブスクの音楽で、刺激的なものを聴く。ここに刺激的とは、いままでの自分の中で聴き慣れた心地のよいものではない、新たな開拓ともいえる知なかった音楽である。

まったくの新しい刺激は往々にして、ストレスである。気持ちのいいものではない。はじめて聴いたのに気持ちよくハマれるものは、それまでに聴いた蓄積の中に呼応するものがあったからである。まったくの新開拓の場合はストレスしかない。

ストレスである新しい刺激的な音は、サブスクで聴くのは適さない。たったいまそう思った。今、丁度、そういう刺激的な音に接した。そして耐えかねて、止めた。たぶん、そのアルバムは聴くことはないと思う。存在すら忘れてしまうだろう。

これがCDやレコードで買ったものなら、またそう遠からず聴くこともあるだろう。お金を出して買ったのだから勿体ないと思ったり、聴くものがないときにとりあえずかけようと思うかもしれない。家の中を整理するときなどにたまたま見つけて聴いてみることもあるだろう。あの時、意味がわからなくて聴くのを止めてしまったけど、今聴いたら割といいな、コレ。なんて感じになるかもしれない。サブスクではこれは難しいだろう。すぐに次の音楽に移れる。フィジカルがないと思い出せる機会はほとんどないだろう。数年前の履歴を見ることってできるのだろうか。できたとしても、数が多ければ目に入らないだろうが。

たぶん、こういうフィジカル至上主義が考える、サブスクの不足な点も、やがて解決される時が来るのだろう。

テレビを見て。自分を愛す。

テレビで"LoveMyselfキャンペーン"というのがあると聞きました。その前後の文脈は途中から見たのでわかりませんが、自分を愛すことにより他人も愛せるようになる、自分を愛するのは生きていく上で不可欠なことだと言っていました。

僕は自分を愛せているか。最近は愛せていないと断言しましょう。自分に対するダメ出しが目立ちます。こういうところがダメだ。こんなんだからダメなんだ、このままでは周りから孤立してしまうぞ。今日のテレビを見て、自分の好きなところ、愛すべきところを挙げろといわれても、すぐに出てこないことに気づきました。この気づきは最近の悩みである、何かわからない不調の解決につながるかもしれない。

無理にでも自分の愛すべきところを挙げて、それに意識的になる必要があるように思います。

帰ってきて夜に聴いた音楽からの譚

夜はBeck Bogart & AppiceやCREAMのライブ盤を聴いて過ごしました。ジェフ・ベックエリック・クラプトンといった著名ギタリストの音楽を聴きはじめたのは、大学生くらいの頃でした。それまでは、ギター主体の音楽は何がいいのか、さっぱりわからず、ポップなものを聴いていました。中高生くらいの年頃のときは90年代。その頃巷を賑わすギターヒーローブランキーベンジーや、Xのhideなんかでした。単体のギタリストとして見たときは。それらのギタリストは当時の僕には響きませんでした。

高校生くらいの時に、後追いで、BOOWYを聴きまくって、ギターとベースとドラムのフォーマットがスゲーとなって、そのあとどこに行くのかってなったとき、さらに昔の70年代60年代に移っていきました。70年代。70年代に活躍したグループのギターの音は好みでした。CREAMにしろ、Beck,Bogart & Appiceにしろ。ここに挙げたふたつのギタートリオの特筆すべきところは、いずれもベーシストとドラマーがスゴい。とくにベース。CREAMはジャック・ブルース。BB&Aはティム・ボガート。攻撃的だったり、暴れたり、どんどん攻めてきて、ただ脇役のイメージがあるベースとは一線を画している。とにかく、そういうベースにドラムも独特のスタイルであるジンジャー・ベイカーだったり、カーマイン・アピスだったりするわけだから、丁々発止の一触即発の激しいぶつかり合いなのですね。

もはやギターと従たる引き立て役のようなフォーマットではありません。

寝るまえはGrand Funk Railroadのライブ番を聴いてベットに入ります。ベースがズンズンして肝なのはこれも同じ。