日常の雑感

人生の途中経過を記録していきます

高速道路、怖い。下道でどこへでも行っちゃう。

ドライブを愛好しているが、高速道路には乗ったことがない。怖い。なんとなく乗りたくない。下道が楽しいなど理由がいろいろあって乗っていない。いちおう、ETCカードも持っているし、ETCの車載機もつけてある。でも使ったことはない。

頑に下道を走っている。高速には乗らないけど、流れの早いバイパスは走る。その違いはなんなんだ。わからない。

下道なら、普通の人が怖いと思うようなところも行ったこともある。すれ違いができないような峠道もかつては恐れずに突き進んで行ったものだ。最近は少し尻込みするようになってしまったが。

下道で自由気儘に走るには、時間の制約がないことが重要。あと、同乗者もいないほうがいい。トイレに行きたいとか、のどが乾いたとか言われるのは面倒。目的地もないほうがいい。行き当たりばったりなほうが楽しめる。

春になったし、どこかへ出かけたい。

ゾクゾクするような感覚を味わいたい。

鬱じゃないけど、気分の変動が少ない僕。

唯一、背中がゾクゾクするような感覚を覚えるのは、音楽のライブ。

実際に生で見なくても、ライブ盤のCDやライブビデオでもゾクゾクする。

最近は、涙も出ないし、怒ったりもしないから、心が動くのはこれくらい。

今日観たのは、

ももいろクローバーZ 「ももいろクリスマス2011 さいたまスーパーアリーナ大会」

ゆず 「GO HOME」

マイルス・デイビスプラウグド・ニッケル」

一番最後に挙げたマイルス・デイビスはライブ盤のCDであとはライブDVDだ。

やっはりゾクゾクする感覚を味わいたい、シビれる感じがいい。だから、ライブ関係の音源は蒐集してしまう。ロックでもジャズでも、はたまたクラシックでも。クラブ系音楽のレイブの音源も聴いてしまう。

風邪を引いた休日

風邪を引いてしまった。

今日はせっかくの休日だったのに、風邪のせいで何もできない。ベッドのなかで過ごしている。枕元にノートPCを持ち込んでだらだらネットしつつ、家に誰もいないから大きな音量で音楽をかけている。

熱はないからまだいいけど、喉をやられてしまって声が出ない。鼻詰まりもひどい。

明日は仕事だから何とか声は出るようにしたい。鼻声になるのは仕方がないだろうけど。

水分補給と喉にいいかもと紅茶をたくさん飲んでいる。家にお徳用紅茶のティーパックがあるのを見つけたから、これでもかというほど飲もう。

乾燥もよくないのかな。とりあえず水を入れたコップを置いておこう。

あとは早寝するだけですな。

中古パソコン購入するかしないか。

新しい中古パソコンを買おうかどうか悩む。

現在、使っているパソコンはまったく問題なく動いている。遅くてストレスを感じるということもない。古いけど、ubuntuを入れて快適に使っている。

では、なぜ悩むのか。最近のパソコンが中身いじれない仕様になってきているからだ。メモリを増設したり、ストレージを換装したりができない。いじれることのメリットは、メモリ等を取り替えて長く使えること。今、中古市場にあるパソコンは、辛うじてまだいじれる感じだから、今のうちに買っておこうという心積もりである。

と、ここまで書いたところでおかしなことに気づいた。そういえば、今使っているパソコンも部品を交換して長く使おうと思っていたんだった。ここで新しいものを買ってしまっては、本末転倒、意味がない。まだ保守部品が手に入るから使っていける。

解決である。

ちょくちょく買い物をしてしまう。お金、大丈夫かな。

ちょこちょこお金を使ってしまう。ひとつひとつの額はあまり大きくないのだけど、ちょくちょく買い物をしてしまう。このまえは小さいテレビ、先日は廉価CDのセット。ついさっきも中古のパソコンを買おうと思いたったところだったが、踏み止まった。

よく貧乏人にお金が貯まらないのは、高額なものは買わないが、額の小さいちまちまとしたものを買う頻度が高いからといわれる。自分もまさにそのパターンにはまりつつある。この考えかたを逆に言うと、高額なものを買ったとしても、その頻度が低ければお金は貯まるということになる。

では、高額なものを安く手に入れることができる場合はどうしよう。さっき中古のパソコンを買おうと思ったと買いたが、そのパソコンは5年くらいまえの製品だが、当時はフラッグシップ機という位置付けであった。現在でも十分使用に耐えるスペックであり、2年か3年使ったらその時にまた中古市場にあるフラッグシップ機を買うというサイクルを想定していた。我ながらいい考えだと思う。どうだろう。やはり高級品は作りがいいから。

これは額は新品を買うよりはるかに安いが、買う頻度は高くなる。けれど満足度も高い。

ここまでお金を使うことをについて考えられれば、貯まらないにしても困窮することなない、大丈夫だと信じたい。

新しいCD買わなくちゃ。

いつも新しい音楽を追い求めている。今日も聴いたことのないアルバムが届いた。かつては、「持っているアルバムの数も増えてきたから聴き込みモードに入って新しいものを増やすのはやめよう」と思っていた時期もあった。そういうことをしていたら、音楽が全くつまらなくなってしまって、どのアルバムを聴けばいいのかてんでわからなくなってしまった。それは不幸なことで毎日に彩りが失われたようだった。音楽に投資するのを渋ってはいけないのだ。以前はお金がなかったが、それでも中古とか輸入盤とか工夫して新しい音楽に触れていた。そのときは楽しかった。その感覚をまた呼び覚ましたい。

新しいアルバムが増えていくとどうしても置き場所がなくなってくる。それは仕方がない。場所を確保するためには、持っているアルバムのなかでもすごく売れたアルバムのようなブックオフとかオクですぐに再調達できるものは売ってしまうのがいいだろうな。

ブックオフの280円コーナーで売っているアルバムって、自分のなかでもやっぱり280円の扱いしかできなくて、大事に聴き込んだりしないアルバムが多い。中学生の頃、お金がなくって買えなかった当時流行っていたアルバムが安価で手に入れることができるようになったから買うだけで、歳をとってしまった今では経験が邪魔をして楽しめない。中学生の頃に聴きたくて、でもお金が制約で購入候補から漏れたアルバムは、永遠に切り捨てるべきだ。あの頃に聴きたかったアルバムはあの頃に聴かなければならなかった。逆に、あの頃、なにかの縁があって少ないお金を使って手に入れたアルバムは聴き込んだし、今でも新鮮な輝きをもって聴ける。それを大切にしていけばいいだけのことだ。

つまりは常に新しい音楽に触れていくことだ。それは量ではないけれど、定期的に新しいアルバムをライブラリに加えていくことは必要だろう。そうしないとCD棚の風通しが悪くなって、前からあるライブラリも生きなくなる。

というようなことを考えつつ、またCD買います。

余暇で疲れる。

余暇の刺激が強すぎて疲れる。

音楽、本、テレビのニュースが疲れる。テレビのスポーツ中継やネットの日々のつれづれを書いているブログを見るのは心が落ち着いていい。

 

刺激から逃げてしまってはいけないのだろうか。今は疲れたので逃げるが、いつまでも避けていてはダメなのか。

でも、疲れてしまう余暇の過ごし方はよくないような。