日常の凸凹

見なれた日常から、なにか気づけたら

話を聞いてくれる人いないことに気づいてしまった

 話を聞いてくれる人が周りにいないと気づいてしまって、今後の人生が不安になってきた。ニュースなどで孤独な中高年が増えて社会問題になっているとか、孤独は健康を害するし、寿命を縮めると聞くと更に心配になってくる。

 

 今までは、話を聞いてもらえなくても大丈夫だ、そもそも語ることがないから問題ないと思っていた。頭の中が考えることで一杯で忙しくて、話を聞いてもらう云々について興味がなかったのだ。

 ただ最近、少し、余裕ができてしまったのがいけない。そう、心の余裕ができてしまって手持ち無沙汰だから、孤独に気づいてしまったのだろう。

 

 仕方がないから、また忙しくしよう。問題をたくさん抱えて頭を悩ませよう。ある意味、孤独からの逃避である。不安要素のすべてに真正面から向きっていてはキャパオーバーである。一部から逃避するのも自分全体を守るためには必要だ。