日常の凸凹

見なれた日常から、なにか気づけたら

相手のことを考えるのを楽にする施策

 人との交流が少ないように思う半生です。

 学校には行かないし、大学でもサークルやゼミで仲間と切磋琢磨したような思い出もない。孤独に過ごしていた。孤独なことに、このままじゃいけないとか寂しいと思うことはなかった。

 最近になって、少し問題だなと感じるようになった。仕事をするようになって、相手が何を思って、何を欲っしているのか推し量るのが難しい。相手の想いを想像するのに労力を費やしてしまって、自分の作業をする段には疲れてしまって思っているように動けない。

 相手を推し量るのが効率的じゃなくて疲れてしまうのは、自分が何を欲っしているか認識していないからだ。僕は、基本的に他人を信用していなくて、自分で何とかしようとするので、誰かに何かをして欲しいと期待することがない。だから、他人に何をしてもえれば嬉しいのか、助かるのかがわからない。自分がされて嬉しいことがわかれば、相手にも自分がされて嬉しいことをすればいいわけだから、完全じゃないとしても推し量るのが楽になる。

 他人を信じるには、いろんな人とコミュニケーションを取って、危害を加えてくる人はそう多くないどころか圧倒的に少ないと思えるようになることだと思う。安心したい。