日常の凸凹ログ

見なれた日常から、なにか気づけたら

協力がなくてもなんとか

生きる上で、家族の協力は欠かせなかったが、そのほかの他人の協力がなくてもなんとかなってしまった。

 

よく学生時代は独りだと詰むといわれていたが、まったく詰まなかった。単位を取るのに苦労した記憶はない。お昼を食べるのに独りでも何とも思わなかったし、お友達と遊びに行くこともしなかったが、鬱屈した学生生活だとは思えなかった。音楽を聴く時間がたくさんあったし、お金もかからなくて楽しかった。

 

学生が終わっても独りだったが、勤めた先でも特に何も思わなかった。仕事は協同して行うが精神的には独りだと感じている。

 

 

教養のない自分を恥じる。

教養のない自分を恥じる。

中学生時分、体調を崩して精神薬にやられて一日の多くの時間を眠ることに費した。眠っていたので学校にはほとんど行かなかったから、義務教育レベルのことでわからないことがいくつもある。高校は通信制のところにもぐり込んだが、寝ている時間は減ったものの相変らず薬にやられていた。いつまで過去のことや薬のことに拘ってもしかたがないのだが、教養のなさを恥じる。

 

教養はないけど、眠っていた時間に何かしらの得られたもがあったと信じたい。

矛盾していない自分を見せる。

いつ誰に見せても矛盾していない自分を見せるために、いろいろ考えてしまう。

 

この前言ったことと、今日の発言が逆になっていないように。

以前に好きなものとして語ったことを今でも好きでいるかのように、情報を収集することをやめられないような。

ブログでもそうだ。何ヶ月も前の記事と今日書いた記事が整合性を持つように注意を払う。

 

でも、どうしても矛盾は起きてしまっているようだ。取り繕っている分、それがばれたときのダメージは大きい。周りから嫌われているだろう。

 

もう取り繕うのはやめたい。余計な労力を費やすより、多少の矛盾は受け流してもらえるような関係が周りの人と築いたほうが楽だ。

秋晴れの休日を家で過ごす幸せ

ここ数日、秋晴れが続いている。今日は、仕事が休みだ。晴天にあたってラッキーだ。

 

こう天気がいいと紅葉とか遊びに行きたくなる人も多いかと思うが、僕は出かける予定はないな。

 

家が快適だから。

 

家に大きなテレビとか最新のゲーム機とかの娯楽があるわけじゃない。家にいるのが心地いいのだ。家は、今では見られなくなった少し古い作りで、瓦屋根に縁側があって、どの部屋も大きな窓がある。リビングなんて窓が多すぎて暖房効率が悪すぎじゃないのっていうレベルの窓の多さだ。

 

窓が多いと陽の光がたくさん入ってくる。陽に当たりながら、ゴロゴロしたり、昼寝したりする休日の素晴しさに最近気づいた。

 

前までは、休日といえば何かしなくちゃ、どこかへ行かなくちゃと焦っていた。心の奥底では、こうして日向でゴロゴロして過ごすので十分と思っているのに。焦って何かをしても楽しくなく、疲れも取れなく、また仕事に行って疲れるの悪循環だった。

 

今、自分に与えられた環境を活かして生きていかないといけない。無理に「みんながそうしているから」というに合わせるとキツい。

テレビで紹介される話題の○○について

 以前よりテレビを見るようになった。

 

 気になることがあるのだけど、「巷で人気の○○」とか、「人気急上昇の○○スポット」って紹介されることがあるよね。

 例えば、この前も、来場者数が急上昇のイベントの特集をやっていた。その人気に寄与した人は、どうやって人気になる前のイベントの情報を得ていたのかな?

 

クチコミなのか、ネットとかSNSとかなのか。あるいは僕の知らないチャネルがあるのか。

 

でも、こう思うんだ。僕は、音楽については、まだメジャーになる前のアーティストを見つることがある。そういうことがあるのは、音楽に関してアンテナを張り巡らせているからである。

まだ人気がないけど、知る人ぞ知るみたないなコト・モノを知っている人は、もともとその分野に興味があって情報を貪欲に収集している人なんだろう。それが僕の場合は音楽で、ある人の場合は、イベントでありガジェットであるだけのことなんだろうな。

 

ひとりはよくないかもしれない。

今まで生きてきて、ひとりぼっちであった。天涯孤独ではないが、ひとりでなんとかしてしまったことが多かった。学生生活や、趣味はまったくのひとりだった。仕事においても人に頼るのが苦手だ。

 

もうここまで、この歳までひとりでどうにかなってしまうと、自分はひとりでもなんとかなる人間なのかなと考えたりもした。でも、最近思うのは、ひとりでもなんとかできるかもしれないが、それはとても疲れるのかもしれないということだ。コスパが悪そう。そう思うきっかけは、最近、いつまでも疲れが取れなくて体調が悪いことと、この前あった飲み会でいろんな人と話したあとから気分が少し楽になった感じがしたことだった。

 

やはり人間は社会的存在であるといわれるし、社会に依存したほうが楽に生きられるのかもしれない。だが、コスパが悪いとしても、まだ完全にひとりから脱却するには、そのモチベーションが少し足りない。

ネットには役立つ情報が溢れているので…

どうしようもない人間のどうしようもない日記を見なくなったという記事を見た。

 

俺は、自分がどうしようもない人間になってしまっていると思うので、記念に日記を書いてみる。

 

近頃は、アルバイト労働もキツ過ぎもなく安定して続けられている。未来のために収入源の多角化の必要性を感じているが、それはまたあとで考えるとして。とにかく、休みの日が暇だ。

 

休みの日は、朝、いつもよりも早く起きてしまう。毎回、今日は遠出しようかなと必ず1度は考えるのだが、実際に実行に移すのは5回に1回くらい。最近は、減って8回に1回くらいなっている。天気が悪いとヤだし、ガソリンが満タンがそれに近い状態に入っていないとヤだ。道が混むといわれる五十日はヤだ。月末も似た理由でヤだ。行きたくない理由ばかりが浮かんでくるので、外に行く意欲はあるけど、気持ちが負けて結局インドア休日。

 

インドア休日では、野球シーズンであれば、午前中はMLB中継を見ることを考える。今日も、MLBポストシーズンの試合を2試合、ながら見した。MLBの次は、音楽を聴くことを考える。音楽は、どれを聴いたらよいかわからない。中学生時分からちょこちょこ買ってCDはたくさんあるのだが、どれがいいのかわからない。本当に音楽でいいのだろうか。

 

毎回辿り着くのは、ネット。ニコ生のかわいい女の子を拝んで、そこに寄せられるなんだかなぁっていうコメントに苦笑する。それをしつつ、自分の思っていること、考えていることが唯一無二だと確認するために、考えていることをグーグル検索。大概、自分の考えていることは他の人も考えていて、完全に自分ひとりしか考えていない問題なんて存在しない。本当は、他の人がどう思っているのか気になるだけだという批判もあるが。

 

気持ちが切れたので今日はここで終わりになります。