日常の雑感

見なれた日常にある"何か"を見つけて記録していきます

無駄なグダグダ話をしてしまう自分にポジティブ思考で

家族にどうでもいいようなグダグダした話を話してしまう。山なしオチなし意味なしな話をしてしまうのだ。家族の誰もが辟易しているだろう。しかも、その時の俺の話の調子は、終始ボソボソ。ほぼ何を言っているのかわからないと自分でも思う。そんな意味のないことに時間をかけるなら、部屋に戻って音楽の1枚でも聴いたほうがどんなに有意義か。

でも、なかなか治らならい。頭ではわかっているのだが。と、いうことは、誰かと話がしたいということなのだろうか。会話の必要性だけを意識して無駄話をしてしまうのか。

無駄話。世の中、無駄なことは排除されるように仕向けられているが、無駄からこそ、真の創造があることも事実である。何なら、もっと無駄な話に全振りしたほうがいいくらいだ。中途半端にボソボソ語るより、しっかりと自信を持って無駄を語ったほうがいいかもしれない。無駄な知識には事欠かない。堂々とを無駄知識を披露するがいい。そうすれば辟易されていると思うような自己嫌悪に繋がる思考に苛まれなくて済むだろう。