日常の凸凹

見なれた日常にある凸凹を見つけて記録していきます

見栄を張った音楽との接しかた

見栄を張って音楽を聴いていた。俺はこんなに通な音楽を聴いてる、違いのわかる俺はカッコイイと、周りの人を意識した音楽の聴き方をしていた時期があった。これは音楽に対する冒涜である。

20代の頃は、独り、誰とも共有することなく音楽を聴いていた。周りにどう思われるかなんて気にする由もなかった。30代になって、引きこもりから脱し、職場など人のいるところに属するようになると、周りを気にするようになってきた。周りに人がいるからだ。音楽はその象徴的なものだ。周りの話題になる音楽は、流行りのものばかりだったので、みんなが知らない音楽を知っている俺はカッコイイと思うようになった。遅れてきた中二病みたいな感じだ。

周りを意識した音楽の聴き方は、俺の体調をおかしくしたようだ。次第に音楽が聴けない状態になったり、ほかにも心身の調子がおかしいなと思うことが増えてきた。ストレスだと思う。自分が思った通りに音楽を聴けないことによる。体調不良と音楽の相関があるのかは不明だが、時期を考えると、あながち間違えではないように思う。しかし、それは自業自得だ。自分でそうありたいと思ったからそうなったのだ。結果としての体調不良。

それにしても驚きだ。音楽がこれほどまでに自分の中で重要なウェイトを占めていたとは。たかが音楽、されど音楽だ。自分の聴きたい音楽を聴くようにしよう。気分にあった、流れに沿った、テーマを設けてなど、なんでもいいから、守るべきは他人基準で聴かないことだ。