日常の凸凹

見なれた日常の記録です

年相応に追いつかない

30代にして年相応にできないことが多い。稚拙な言葉遣い、文章、行動の諸々。思えば、中学生の頃から年相応にできなかった。それで、いつも遅れを取り戻すために頑張ってきた。しかし、少し取り戻したかと思えば、同世代は次の段階へ進んでいて、いつまでたっても年相応になれない。

年相応とは何だろうか。一般的とか、ふつうと云われる類だろうか。でもそれは誰が定義したのか。何かこの年齢ではこのことができることが必要だと定義する機関があるのか。ないだろう。自分の中で他人から見た"年相応"とか"ふつう"を定義しているだけに過ぎない。ただ、年相応というのは存在していて、年相応の振舞いができなければ、それなりの評価をされるだけだ。ふつうじゃない人だなと人に思われるだけ。そのことを受け入れるべきだ。定義に縛られるべきではない。