日常の凸凹

見なれた日常の記録です

12月15日 自分のふつう

何年か前に職場で休日の過ごし方の話題になったときに、僕は一日中音楽を聴いていると言った。職場の人には、本当に音楽聴くだけ?とか、正気の沙汰じゃないとまで言われた。当時は本当に音楽を聴くだけだったし、他の人がどんな休日を過ごしているのか知らないし、興味もなかったから意外だった。

それから少しずつ音楽との暮らしがおかしくなっていった。音楽を聴くことについて考えるようになった。自分がブレてきて、お金の使い道もよくわからないものに使うようになってしまった。そして一番の問題は音楽が楽しめなくなっていったことだ。

音楽が楽しめなくなって、大きなストレスを感じることが多くなった。解消の術を失なったのだから仕方がない。何回もまた音楽を楽しみたいと試みたが、考えれば考えれるほど自然ではなくなって袋小路に入ってしまった。あれから4、5年経つがまだ戻らない。ほかの趣味に移ろうと試してみたが、興味が移ったわけではない出発点だとなかなか難しい。失ったものを補うための趣味の移行は、焦ったり効果を狙いすぎたりでうまくいかない。

他人の何気ない一言でこの数年苦しんでいる。自分の常識は他人の非常識といわれる。とはいうものの、自分の普通が他の人から見れば普通じゃないと指摘されるのは、自分の生活のバランスを大きく崩すことになる。