日常の凸凹

見なれた日常の記録です

12月6日 伝えたい相手がいることについて

 特定の誰かに伝えたいことがあるのは素敵なことだと思う。ここで重要なのは、「特定」というところ。ネットの世界などの、誰でもいい誰かではなく、顔の見える特定の誰か。もし、顔が見えなくても、その人の趣味嗜好、立場などの情報を元にしてこちらから伝えられることを考えられること。

 以前、ネットで誰かの役に立つブログが書ければなと思って、何が役に立つのだろうと考えはじめてみた。それは結構大変で、需要とか自分の供給できるコンテンツはあるだろうかと考えたら、何もないんじゃないかと思ったくらいだ。たしかに何もない。あとは伝えかただとか、内容じゃなくて誰が言ったのかが重要なんだとか、わけがわからなくなってきてしまった。

 最近、ある小説家の言葉で、自分の小説は愛する人への手紙だというようなことを聞いた。ほかにも、クリエイターの人が、自分の子供を笑顔にするような作品を作っているとか、特定の誰かのための作品が多くの人の心を動かすことはままあるようである。

 残念なのことに、今の僕にはそういった特定の人は思いつかない。僕は何も伝えることがない。ただ自分の周りに流れている情報を眺めているだけだ。そのなかから「あの人に教えてあげたいな」と思う情報をピックアップして伝えてあげられればいいのだが、相手がいない。孤独と定義できる状況かもしれない。

 相手がいない。では未来の自分に向けて手紙というか、面白いと思っていることを残していこう。ちょっとモチベーションとしては弱いが、しかたがない。