日常の凸凹

見なれた日常の記録です

10月17日 ネットでよく見る「貧困」

 ネットを見ると、貧困についての記事をよく目にする。自分が貧困予備軍だと認識しているから、とくに目につく。怖いなと思う。今日食べるものがない、どうしようと考えるようになってしまうなんてゾっとする。しかし、それは極端な例で、最近の多くの貧困の記事は、相対的貧困の話題だった。毎月自転車操業で近い将来が不安だとか、子供を進学させるお金がないといったような問題の話をしていた。

 自分にとって、相対的貧困は正直なところリアリティのある問題には思えなかった。僕は楽観的なのか不真面目なのか、毎月が自転車操業でなんとか収まるのであれば、ずっと仕事をし続ければいい、もし身体が壊れてしまったらそれまでで諦めるしかないと思っている。子供の問題は考えたことがないので見解は持たないが、無理して大学へやたりしないほうがいいとは思う。大学は就職予備校ととらえるのには疑問だし、生活のためのバイトと授業で終わってしまうのはちょっと違うと思う。

 今は、自分がもし、本格的に貧困になってしまった場合、どう立ち回るのか興味がある。コミュニケーションが苦手とか言っていられない、助けを求めなければ明日にも死んでしまう状況になってしまったときにどうなるか。何もできずに死んでしまうのか、覚醒して生き延びるのか。最近は、そんな状況に追い込んでいかないと自分が変われなくてこのままダメなまま終わってしまうのではないかと危惧している。