日常の凸凹

見なれた日常から、なにか気づけたら

音楽からいろいろ考えすぎ

寝る前にジャズトゥナイトというNHKFMの番組を聴いた。ジャズを紹介する番組である。僕はジャズは好きだが、ジャズ好きというよりかは、音楽全般にアレルギーがない感じだ。そのほうが適切。
CDで聴く音楽がプレーヤーの不調でリラックスして聴けない。こんな時にラジオの音楽番組は助かった。プレーヤーを修理したり新調する予算は出せないし、でも不調で体調まで良くなくなってくるし、音楽、もう終わりかとなっていたから。
もともと、3,4年前からオーディオの不調は続いていて困り果てている。音楽を聴くのもやめてしまおうかと何度も考えた。その度に、やることないしなとか積み重ねた蓄積がもったいないとか言って復活してきた。それは正しい答えなのか。もう飽きてしまっているのではなかろうか。死んだものを愛好する趣味なのか。それは強すぎな喩えだが、気持ちは死んでいる。

何十年もひとつのものを追究している人に憧れる。むしろ、そうならなければならないと強迫されるくらいだ。でも無理だ。自分には難しい。世の中には真逆のタイプの人もいて、どんどん新しいことに挑戦していくのに楽しみを見つける生き方もあるようだ。こちらもパット見苦行で、年齢との戦いである。始めるのが遅いのが問題なのではない。新しいことが見つからないし、ちょっと興味があっても何かしら理由をつけて始めない。加齢による経験値の蓄積と保守化が大きい。どんなものか予想できてしまって動かない。
毎日淡々と暮らせればこんな悩みは生じないんだろうな。自分はどうするか。淡々っていいよね。いろいろ考えすぎなのかもな。いっそ淡々志向でいくか。