日常の凸凹

見なれた日常から、なにか気づけたら

矛盾していない自分を見せている徒労

いつ誰に見せても矛盾していない自分を見せるために、いろいろ考えてしまう。

 

この前言ったことと、今日の発言が逆になっていないように。

例えば、以前誰かに好きなものとして語ったものの、自分の中で旬を過ぎてしまったことを今でも好きでいるかのように、そのジャンルの情報の収集を続けてしまうような疲れるだけの作業。

ブログでもそうだ。何ヶ月も前の記事と今日書いた記事が整合性を持つように注意を払う。

 

でも、どうしても矛盾は起きてしまっているようだ。取り繕っている分、それが綻びが見つかったときのダメージは大きい。自己嫌悪が酷い。周りから嫌われているだろう。

 

もう取り繕うのは疲れるだけだ。余計な労力を費やすより、多少の矛盾は受け流してもらえるような関係が周りの人と築いたほうが楽だ。