日常の凸凹ログ

見なれた日常から、なにか気づけたら

アンテナを張り巡らせることに否定的である。

僕は、アンテナが低い。情報に対する欲求が低い。当然、知らないことが多い。時事どころか自分の好きな趣味の部類の情報さえ、日々の新しい状況には疎い。

テレビは見ないし、ネットも少ししかしない。いつもの生活の情報源は、家族や会社の人との会話によるものだ。

会話のなかで「知らない」ことに恥かしさを感じることもあった。社会を生きる者としての常識がないんじゃないかと自分で思うこともある。でも、それは違う。

 

日々アップデートされる新しい情報を知っていたところで何の価値があるのだろう。コミュニケーションに役立つ?コミュニケーションとは、人の話しを聞いて、それに対する質問なり感想なりの反応を示せば成り立つわけで、話題を振ってくれる人がいるのならば、自ら話を振る必要はない。前提として、日々交わされる会話のポイントを覚えておかなければならない。そうしないと質問をしたり話を広げていくことができなくなる。

 

みんながみんなこういうスタンスをとってしまうとコミュニケーションは成立しないが、こういう人がいてもいいだろう。