日常の雑感

人生の途中経過を記録していきます

休日に思うことを一言。

「好き」ことは思いつかないので、休日は嫌いじゃないこと、苦にならないことを選んで過ごしている。ちょっと健康的だ。

 

「好き」と認識していなくても、他人から見たら、しどびーくんってあれが好きなんだよね!と言われることがあるかもしれない。苦にならないことをしているだけなのに。

でも、そういうスタンスでいいのだろう。無理に「好き」を作り出して生活していくのは、結局疲れるし、ストレスにもなりうる。好きなことをしてストレス発散して日々を充実させようという風潮に合わないが。

 

 最後に。苦にならないことをしていると書いたが、面倒くさいこと、お風呂に入るとかしっかりとした食事を摂るなどは、しなくてはならないと思うのでしている。不摂生はよくない。

パソコンのディスプレイをかつてのネットブック並の小ささにした。

パソコンのディスプレイを10インチのものに変えてみた。ちょっとしたサブディスプレイのような大きさだが、メイン用途にしている。

このくらいの大きさだと、視界のほとんどがディスプレイでウィンドウがたくさんということはなく、というができなく、小さな枠にウィンドウが一つで済む。小さいので、目の移動が少く疲れないように感じた。

解像度は、以前使っていたものよりも幾分下がるが、サイズが小さい分、凝縮された感じで文字が荒くて見づらいということはなかった。

そもそもなぜ小さなディスプレイを導入しようと思ったのか。机の上に場所がなかったのと、TSUTAYAレンタルビデオコーナーにあるような話題の映画を紹介してる小さな画面が気になっていたのだ。ちなみに購入したのもそういった業務用のものである。

僕が持っている第一次情報について

テレビCMでやっていた、アスリートが使っているというふれこみベッドマットレスを導入している。マニフレックスのことである。

 

今回は、マニフレックスについて一言だけ言いたい。

マニフレックスは、マットレスの上に直接寝転ばないと全然気持ちよくない。快適に眠ねれない。導入当初、マットレスの上にベッドマット兼用ボックスシーツを使っていたら、なんとも不快。眠って疲れをとるどころか、逆に疲れる。

と言いたかった。これは、取説をよく読むと、布団やベッドマットは敷かないでくださいと書いてあるので、僕がここで指摘してもしかたがなかったかもしれない。

伝えたいことが多いのだが、伝えないことも多い。

何かを伝えることは容易にはいかない。難しい。技術的に難しい。

 

うまく伝えられなくても、伝えたいことが毎日のように湧いてくる。それは感謝すべき特性を持ったためである。

 

ときに、ブログを途中まで書いて、納得がゆかなくてボツにしてしまう。その時の話題は、ブログの草稿とともにお蔵入りさせる。やはり、伝えたかったことは新鮮味を持って伝えてこそなので、溜めておいてあとで排出することはしないことにしている。

 

上記の理由で多くの話題を失った。

話題は毎日湧いてくるが、それに甘えないで、稚拙でも伝えたいことがあったならば文章にするなり、人に話すなりしておいたほうがよいと思うのだ。他人には月並みな話題かもしれないが、物事の新しい見方かもしれない。恥ずかしいけど、我慢してやろう。

いろいろな花が咲いているのに名前が全くわからない。

新緑の季節だ。

うちの庭にもたくさんの名前がわからない花が咲いている。

名前がわからないのは、僕がわからないだけあって、多くの花はポピュラーなものだ。

例えば、食卓の会話で「つつじの花が綺麗に咲いたね」とか花が咲いた話題はよく出るのだが、名前は聞いたことがあってもどの花のことかわからない。

四季ごとに庭でいろんな花が咲くと綺麗だなとか、ああこれはこの時期になるとよく咲いている花だなとは思うのだけれど。名前がね。

親世代やその上の世代は花のこともよく知っているのに、どういうわけか僕の世代は知らない。たぶん、うちの兄弟も知らないと思う。

ゴールデンウィークだ。やることがない。

ゴールデンウィークだ。どこかへ出かけようとも、どこも混んでいそうで出る気にならない。ゲームもする気にならない。やることがない。

 

そういえば、中学生の頃も、休日はどこへも出かけず、かといってインドア趣味もしていなかった。記憶に残っているのは、今日のようによく晴れた日曜日の午後に窓を開けて、FMラジオを流しながら寝転んでいたこと。あれは最高だった。楽しかったかといえば、そうではないかもしれない。でも、自分の人生で思いついた最高の休日の過ごし方だったと思う。あんな過ごし方は歳をとってしまったいまではできない。

 

お金もなく、予定もなかったけど、時間だけば際限なくあった。時間が有限ではない感じさえしていた。時間を使うという考えはなかったが。

歳を取るにつれて時間はなくなっていった。時間を取ることが出きても、その時間に意味をつけなければならないと、ストレス解消法を試したり、気分転換だと出かけたりして使うようになった。つまらなかった。

 

最近、休日の過ごし方がわからなくなってしまうことが多い。すると、ときどき、中学生の頃の日曜の午後を思い出す。ああいった過ごし方をまたしてみようかな。

タバコ吸ったことない、パチスロ行ったことない。

人生30年、タバコは吸ったことがない、パチンコ・スロットに行ったことがない、競馬その他のギャンブルもしたことがない。

大人になるとできるようになる嗜みにほとんど手を出していない。お酒を飲むだけ。

 

ともすれば、何が楽しくて生きているんだという人もいるかもしれない。楽しくないかもしれない。楽しいとはどういうことなのか。

 

楽しいとはどういうことなのか、そういうことを考えているのが楽しい。タバコとかスロをやっている間がないほどに頭が忙しい。